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熊本地方裁判所玉名支部 昭和45年(タ)11号 判決

原告 甲英子

〈ほか二名〉

被告 熊本地方検察庁玉名支部検察官事務取扱

検察官副検事 吉村義三

乙夏順こと 被告 乙華順

主文

本籍大韓民国済州道南済州郡大静邑加波里一七八番地戸主甲雄千の子基吉(甲基吉)と各原告間に親子関係がないことを確認する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件の裁判権並びに管轄権について

≪証拠省略≫を綜合すると、原告等および被告乙華順は、いずれも大韓民国の国籍を有し外国人の登録をしているが、双方共熊本県玉名市内に住所を有しているので、わが国の裁判所が本件について裁判権を有し、かつ当裁判所が管轄権を有することは明らかである。

二、原告等と、被告乙華順および訴外亡甲基吉ならびに同亡丙春東との関係について

前記証拠によると、以下の事実を認めることができる。すなわち

(一)  被告乙夏順こと乙華順は、本籍大韓民国忠清北道永同郡陽山面柯谷里四一五番地戸主乙泰然の実妹で、昭和一一年頃、これより曩日本内地に渡り当時熊本市京町本丁に居住し古鉄商を営んでいた右実兄泰然(日本名桜川秋男)を頼って来熊し同人方に同居して同人の右営業を手伝っていたが、同二〇年九月九日右泰然夫妻の媒酌により、当時同市同町内に居住していた同業の同国人(当時は日本国籍)丙春東(日本名花村次雄)と結婚し(婚姻届は同二四年七月二二日所在地熊本市長に提出)、同人との間に同二二年八月二八日原告英子を、同二四年七月一〇日原告雪子を、同二六年一〇月一六日原告一明をそれぞれ出生した。

(二)  右春東は、右原告英子および同雪子については、同二四年七月二二日に、また原告一明については同二六年一〇月二九日に、それぞれその出生届を前記熊本市長に提出した。

しかし、右春東の韓国における本籍地が水害のため戸籍簿等が流失し、かつ親族も行方不明となってその戸籍を審らかにすることができなかったため、原告等はいずれも韓国における戸籍簿には記載されなかった。

(三)  ところが、右春東は同二七年五月一六日死亡したので原告華順は寡婦として原告等三児の養育につとめてきたが、同三四年頃原告等を連れ子して、当時同県玉名市において地金等の販売業を営んでいた亡訴外甲基吉(大韓民国済州道南済州郡大静邑加波里一七八番地戸主甲雄千の子)と再婚(ただし、婚姻届出は後記のごとく昭和三六年一二月二日)した。

右再婚後被告華順および右亡訴外甲基吉は、原告等が前記事情から大韓民国の戸籍に登載されないままになっていることを憐れみ、同三六年一二月二日本籍地戸籍吏に、自己等の婚姻届を提出すると同時に、相謀って原告等が自己等の間に出生した子であるごとく仮装してその旨の出生届をなしたため、原告等は右訴外甲基吉の子として錯誤の戸籍記載を受けるにいたった。

(四)  しかるに、右被告華順の後夫であり、かつ原告等の戸籍上の父である右訴外甲基吉も同三七年一一月一〇日商用の途次滋賀県内で交通事故に遭い死亡するにいたった。

(五)  しかして、現在原告等の実父である前記訴外亡丙春東の遺産(熊本市内にある同人名義の土地・建物)処理の問題が起きているが、原告等はいずれも戸籍上右訴外亡甲基吉の子となっているため、右財産の処分に与ることができず困惑している。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、原告等は訴外亡丙春東と被告華順との間に出生した子であって、訴外亡甲基吉と被告華順との間に出生した子ではないことが明らかであるといわなければならない。

三、本件の準拠法について

ところで、本件は親子関係不存在の事実の確認を求めるものであるところ、かかる場合には、訴の実体は親子関係の存否という事実関係にすぎず、したがって法律の適用によって処理さるべき実体はないものであるから渉外関係事件に対しても準拠法の問題は生ぜず、法例適用の余地はないという考え方(国際私法関係事件裁判例集(上)八四三頁、八七一頁掲記の東京地裁昭二八(タ)二一九号・昭二九(タ)一〇五号各判決参照)が存する反面、親子関係といえども単なる事実関係ではなく親子という確定された事実に対し法律が適用されて、そこに親子という法律関係が確認され、あるいは形成されるのであり、法例の適用される場合のあることも勿論であるとする考え方(ジュリスト一九一号九〇頁田中徹「親子関係存否確認訴訟の裁判管轄権と訴訟物」参照)も存し、裁判実務上未だ統一した取扱いがみられないのであるが、親子関係は自然血縁の事実関係であると同時に親権、扶養、相続等広汎かつ重大な身分法上の法律関係を生み出す基本となる身分法上の身分関係であり、したがって法律関係であるとみるのが相当であるから、渉外親子関係については法例の適用があり、もとより準拠法決定の要があるものと考えるのが相当である。

しかるところ、親子関係不存在確認の場合は、啻に嫡出親子関係の存在のみを否定するに止まらず、広く法律上の父子関係もしくは同母子関係の存在しないことを確定することを目的とするものであり、婚外親子関係を問題とすることが常態であることから考えて、かかる場合の準拠法としては法例第一八条第一項を準用するのが相当であり(加藤令造・実務人事訴訟手続法四四一頁参照)、然りとすれば結局本件においては当事者双方の本国法たる韓国民法が準拠法になるものといわなければならない。

四、法律上の親子関係の存否について

しかるところ、韓国においても、わが国におけると同じく血縁上親子関係がない場合には法律上も親子関係が存しないものとされているものと考えられる。

このことについては、直接の明文はないが、一九五八年二月二二日法律第四七一号による大韓民国民法第八四四条が「妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定する。」旨規定し、嫡出親子関係の成立には自然血縁の存することを当然の前提としたうえ、生理的つながりの確認が必らずしも容易でない父子関係につき、その蓋然性の特に高い一定の場合に限って推定による擬制的親子関係を認め、また同民法第八五五条が「婚姻外の出生子はその生父または生母がこれを認知することができる。」と規定して、親子関係を形成する認知たるには認知者・被認知者間に生理的つながりのあることを必須不可欠のものとし、かつ同法第八六二条が「子その他利害関係は認知の届出があることを知った日から一年内に認知に対する異議の訴を提起することができる。」と定めて生理的つながりのない者によりなされた認知に対する救済手段を認めている等わが国の民法第七七二条、第七七九条、第七八六条、同人事訴訟手続法第二七条等にそれぞれ照応する規定を置いているので、右韓国民法におけるかかる一連の親子関係規定の法意を綜合忖度するときは、前記のごとく判断されるのである。

そうであるとすれば、訴外亡甲基吉と原告等との間に父子としての血縁関係がないことはすでに認定したとおりであるから、結局韓国法上も右両者の間に親子関係は存しないことになるものというべきである。

五、本件が親子関係不存在確認訴訟により得ることについて

ところで、≪証拠省略≫によると、原告等はいずれも現に訴外亡甲基吉の嫡出子として戸籍に登載されておるので、かかる場合において右甲と原告等間の父子関係の存在を争うには認知の無効・取消の訴もしくは父を定める訴のいずれかによるべきであって、親子関係不存在確認の訴は許されないのではないかとの疑義が生じなくもないのであるが、およそ前者は判決によって親子関係が新たに発生または消滅せしめらるべき旨の主張を本旨とするものであり、後者は既存のものとしての法律上の親子関係の存否の主張であることを要するものであるところ、前記のごとく原告等が出生したのは右訴外亡甲基吉と被告乙華順が婚姻した昭和三六年一二月二日から約一〇年ないし同一四年前(右両名が事実上結婚して性的交渉をもつにいたった昭和三四年頃からでも、約八年ないし同一二年前)であって、原告等はいずれも右華順の夫たる右甲の子としての推定すなわち嫡出の推定を受けないものである(前記韓国民法が嫡出性の推定に関するわが国民法第七七二条に相当する第八四四条を置いていることについては前述したとおりである。)のみならず、かえって昭和二七年四月二八日平和条約の発効時までは朝鮮人(大韓民国人を含む)は日本人としての法的地位を保有し、その身分行為についても異法地域相互の法律関係の処理を目的とした「共通法」により日本民法の適用があったとみるべきであるから右条約の発効前である同二四年七月二二日届出人である訴外亡丙春東がその所在地の熊本市長宛なした原告英子同雪子についての各出生届はいずれも認知の効力を有し、また同春東が同日同市長宛なした被告華順との婚姻届出により右両名間の婚姻はその効力を生じ、したがって原告英子同雪子は右同日嫡出子たる身分を取得し(民法第七八九条参照)、なお同一明は右亡訴外春東と右被告華順との婚姻中に同被告が懐胎した子であるから、右春東の嫡出子としての推定を受けるものであるといわなければならないので、原告等が右甲基吉との間の父子関係を争う訴は判決によって右両者の親子関係を新らしく消滅せしめるべき旨の主張を内容とする性質のものではなく、右両者間に既存のものとしての親子関係不存在を主張する趣旨のものであるから、これはまさに親子関係不存在確認の訴によるべきものであり、これを不当とすべき理由は何ら存しないものというべきである(昭15・1・23大審院民事聯合部判決・民集19・54、昭15・9・20大審院判決・民集19・1596等参照)。

なお、前記認定ずみの事実関係に徴すると、原告等は右戸籍親たる甲基吉の死亡した後である現在においても同人との表見的親子関係(戸籍記載)のため、亡実父丙春東の遺産に対する相続権の有無について法律上の紛議が存し、これが解決のために右法律関係(親子関係)につき確認を求め、かつ不実の戸籍記載を確定判決に基づいて訂正し真実の身分関係を明らかにする利益のあることが認められるので、かかる場合は人事訴訟手続法第二章の規定(親子関係存否確認の方法は手続法的な問題であるから、管轄権のあるわが国の裁判所に提訴された以上、法廷地法たるわが国の法律すなわち人事訴訟手続法所定の手続に依り得るものである)を類推し検察官を相手方として親子関係不存在確認の訴を提起追行することが許されるものというべきである(昭45・7・15最高大法廷判・判例タイムズNo.251,160P参照)。

六、結論

よって、原告等の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

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